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森の暮らし  たいまぐら便り
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ありがとう おじいちゃん
祖父が他界しました。享年98才でした。
津波被害、そして原発事故の影響で、
長年お世話になっていた地元の施設から、
群馬へと転院を余儀なくされていたおじいちゃん。

けれど、
叔父、叔母の尽力で、
ようやく福島に戻ってこられた!
その矢先のことでした。

短い時間でも福島に帰れたことを喜んでいた・・・
そう語った叔母の言葉に涙がこぼれました。

ここ数年、無沙汰ばかりしていた不義理な自分を反省します。
天国でおばあちゃんと仲良く暮らしてね。
そう願いつつ手を合わせました。


f0035962_14375128.jpg三年ぶりに訪ねた両親の故郷。
母方の祖父母の家は、ギリギリ避難区域外です。でも、数分もいけば、立ち入り禁止のバリケードが道をふさいでいます。テレビでは見ていたけれど、実際に見ると、それはそれは異様で怖ろしく、そして悲しい光景でした。すぐそこに「その場所がある」。なんという乱暴な境界線が張り巡らされてしまったのだろうと、怒りがこみ上げてきます。



父の故郷は立ち入り禁止区域内。幼い頃遊んだ浜へ行くことは適わないけれど、故郷福島の海が見たいと言う父。葬儀の前に叔父が車を走らせてくれました。
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10分も行けば津波の浸水を受けた地域へ。ただただ、ただっぴろいその場所に、ほんの数ヶ月前までたくさんの暮しが営まれていたとは、信じられません。何度見てもとても怖い。そして悲しい光景です。

f0035962_15185094.jpgところどころ破壊された堤防。その上に登り海を眺めました。天候の為、波は高く鉛色をしています。それでも海は見た目には、以前の姿を取り戻しているように見えます。(実際は違うのですけれど・・・)でも、くるりと振り返ればそこには信じられない光景が広がっています。なんともいえない気持ちになります。


父は、足もとが悪いので、結局海は見られませんでした。目もとても弱くなっているので、周りの様子もはっきりとは見えていない様子。「残念だ」と肩を落としてその場を後にした父。でもそれでよかったのかもしれないとも思いました。見えたとしても、さぞガッカリしたことと思いますから・・・
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丘の上に見えるのは火力発電所。現在、発電再開にむけて急ピッチで復旧作業をしいるそうです。
最初車窓から発電所が見えたとき、心底ギョッとしてしまいました。
見えるはずもないのに・・・方向も違うのに・・・、そうわかっているのに原発がみえたと思ったのです。立ち入り禁止のゲートをいくつも見て、緊張感がたかまっていたからでしょうか、そんな早合点をしてしまったのです。
見えるはずはないんだよ、と自分に言い聞かせつつ、恐怖にギュッとつかまれた心臓はしばらく激しく鼓動し続けました。
原発と隣り合わせとはこんなこんな気持ちがずっとずっと続いていることなんだ。もちろん想像の域はでませんが、そんな風に思ったのでした。
福島に住む親戚からは様々な話をききました。またあらためてつづりたいと思います。

おじいちゃん、ありがとう。どうぞ安らかに・・・
そして亡くなられたたくさんの方々。心からご冥福をお祈りいたします。

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箸のもち方はおじいちゃんから教わりました。それまでも、両親や姉から教わっていたのに、なかなか正しく扱えるようにならなかった私。でも、おじいちゃんに教わったら、驚くほどあっという間に覚えられたのです。教え方はスパルタ式で厳しかったけれど、流石だなーおじいちゃんは、と感心し感謝したことをとてもよく覚えています。
いつもより心をこめて丁寧に箸をもち、食事をしているここ数日です。

葬儀の朝、すごい朝焼けが広がりました。祖父とその家に暮していた叔父も、こんな朝焼けは滅多にないと言っていました。偶然でしょうけれど、そうではないような気もする・・・。色が遷り変る様をじっと見つめました。
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by chihoa3 | 2011-10-25 15:08
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